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広島地方裁判所 昭和44年(ワ)470号 判決 1971年4月13日

原告

室田守

被告

中国新聞輸送株式会社

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは原告に対し各二四九万三四〇〇円およびこれに対する昭和四四年七月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因および被告の主張に対する反論として、

一、原告は昭和四〇年九月一二日午前六時頃広島市比治山本町国道上を西方から出汐町方向へ単車に乗つて進行していたところ、被告住村の運転する自動車が緑地帯から国道筋に進出して、両車の衝突事故が発生し、原告はこれにより傷害を受けた。

二、右事故は、被告住村車の出会がしらに発生したもので、同被告には不注視の過失があり、また被告会社は右自動車の運行供用者であるから本件事故による原告の損害を賠償する義務がある。

三、原告の本件事故による傷害は左側頭部打撲、左腓骨骨頭骨折等の重傷であり、武市病院に同日から昭和四一年二月一二日まで入院し、その後も通院して治療を受けて一旦治癒したが、その後骨折等の加療のため昭和四三年三月一五日から同年四月三〇日までおよび同年六月九日から同年七月八日までは森永整形外科に、同年八月一一日から同年一一月五日までは赤十字病院に各入院し、同月六日から同月一九日までは右森永外科に通院したが、昭和四四年五月に至つても左股関節屈曲障害があり、正坐が困難であり、左側下肢は荷重不能(歩行が約一五分可能にすぎない)の状態にある。

四、これによる原告の損害は次のとおりである。

(1)  治療費 二万九三五七円

前記昭和四三年度分の計。

(2)  喪失利益 一五万四〇四三円

原告は昭和四三年三月頃勤務先から一か月二万九二二一円の給与を得ていたところ、前記治療のため、昭和四三年四月、六月、八月の減収が六万六三八〇円に達し、同年九月から一一月までの三か月分八万七六六三円は全く無収入であつたので、以上の合計額。

(3)  慰謝料 二三一万円

原告の左下肢は役立たなくなり、勤務先を止めなければならない状態にあり、入院期間分および後遺症分計二四〇万円慰藉料が相当であるが、その内金を求める。

五、そこで、以上の合計二四九万三四〇〇円およびこれに対する右損害発生後の昭和四四年七月一二日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

六、被告らの主張につき、示談成立の点は認めるが、事故発生につき原告の過失、示談に関する重過失、消滅時効完成は争う。

七、右示談は、前記昭和四〇年から昭和四一年に至る事情を前提とするものであり、当時昭和四三年の損害は予想し得ぬもので、要素に錯誤があるから効力なく、賠償請求権の時効期間の始期はこれが明白になつた時であるから、被告らの主張は理由がない。

と述べた。〔証拠関係略〕

被告両名訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告主張事実につき一、二の内被告会社が本件自動車の運行供用者であること、三の内武市病院における治療と治癒は認めるが、二の内被告住村の過失、三の内負傷の程度、昭和四三年における治療は否認し、四は争う。

二、被告住村は、緑地帯から国道に進出する際、一旦停車し安全を確認して前進したところ、原告が国道の端を非常な速度で突進してきた上、停車措置もとらなかつたので、本件事故発生に至つたものである。

従つて過失は原告にあり、被告住村に過失はなく、自動車の構造機能に障害はなかつたので、被告らに責はない。

三、仮に原告が昭和四三年になつてから骨折等の加療をしたとしても本件事故と因果関係はない。

四、更に本件については昭和四一年六月一〇日原告にどんな事情が生じても訴訟等一切しない旨の示談が成立し、昭和四三年の右加療は当時予見できるものであつたから、示談により解決済である。右示談につき原告に錯誤があつたとしても、民法六九六条の規定および原告が医師に相談しないで示談をしたことにおいて原告に重大な過失があること等から原告はその主張ができない。

五、前記主張が容れられないとしても、原告の慰藉料請求権は事故発生の日からその時効期間が進行するので、三年の経過により消滅している。

六、以上の主張が失当としても、二記載のとおり、原告にも本件事故発生につき過失があるので、賠償額につき斟酌すべきである。

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

一、原告主張一事実(本件交通事故の発生)は当事者間に争いがない。

二、〔証拠略〕を綜合すると、次の事実が認められる。

(1)  本件事故現場は車道と歩道とに区分されたほぼ東西に走る国道上にあり、車道は中央の広い部分と両側の狭い部分とに分れ、その間に断続している二本のグリーン・ベルトが存在していた。

(2)  被告住村は自動車で北側グリーン・ベルトと北側歩道の間の車道部分から西南に向つて北側グリーン・ベルトの切れている部分を通り抜け、車道中央部分を北から南に横切ろうと中央部分に進出した。

(3)  当時グリーン・ベルト上には、下から上まで葉の茂つている木があつたので、車道両側部分と車道中央部分との間ではグリーン・ベルトを通しては見通しが困難であつた。

(4)  被告住村が中央部分に進出した際、ちようど右中央部分の左端(北端)を原告が単車で東方に走行して差しかかつていたので、両車の前部が衝突し、原告は転倒した。

以上の事実が認められ、右事情では被告住村はグリーン・ベルトの影から車道中央部分に進出するに際しては、中央部分を走行する車両の有無につき十分注意を払つて自動車を運転する義務があつたにかかわらず、その義務を果さないで、漫然と進出したものと推認され、この点において被告住村に本件事故発生の責があるといわねばならない。

前掲被告住村本人の供述中に、車道中央部に進出する際警笛を鳴らし、自動車は停止状態から動いたばかりで極めて低速であつた、との部分は信用できない。

三、被告会社が被告住村の運転していた自動車の運行供用者であることは当事者間に争いないので、被告会社も本件事故につき損害賠償義務がある。

四、原告が事故後武市病院に入院治療を受け一旦治癒したことは当事者間に争いなく、〔証拠略〕によれば、原告は左大腿骨骨折後の骨髄炎により昭和四三年三月一五日から同年一一月一九日までの間森永整形外科および広島赤十字病院に入院(計一六二日)あるいは通院(一一月六日以降)して治療を受けたが、左股関節屈曲障害(一二五度以上は曲らない)、正坐困難、左下股荷重困難等の後遺症があることが認められる。

五、原告は右四事実に関連して治療費、喪失利益の計一八万三四〇〇円および慰藉料二三一万円の賠償を請求し、被告らはこれと本件事故との因果関係を争い、示談、消滅時効の成立と過失相殺の抗弁を提出しているので、先ず示談成立の点を検討する。

原告と被告らとの間で昭和四一年六月一一日示談が成立し、今後どんな事情があつても訴訟等一切しない旨を約したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、右内容は被告らが原告の武市病院の治療費、入院費一切および入院中の付添看護料、木村整骨院の治療費、通院費および同院の指示によるレントゲン受診料を負担した上、休業補償費(事故発生日から示談成立日までの一日一五〇〇円の割合によるもの)、昭和四一年下半期および昭和四二年上半期の賞与分補償、原告の妻の附添費用(一日七〇〇円の割合による一九日分)、原告の乗車していた単車が修理不能となつたことによるその購入費、慰藉料計七四万五八〇〇円を支払うことで一切解決することとし、今後異議を申し立てない旨のもので、その確約書二通を作成したことが認められ、〔証拠略〕によれば、示談成立当時原告は左足の膝が完全には曲らず、歩行困難で、杖を必要としていた事情にあつたことが認められる。

以上のような示談の時期、内容、示談当時と昭和四三年とにおける原告の状態等を考察するとき、原告が右示談につき要素の錯誤があつたものとは認められず、これによつて本件事故は一切解決されたもので、その後別に原告が賠償請求をすることは許されないものと解するのが相当である。

六、そうすると、原告の本訴請求は、他の点を判断するまでもなく、失当として棄却すべきものであるから、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 辻川利正)

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